「観光客を増やしたい」「移住者を呼び込みたい」「まちの魅力を発信したい」。自治体のマーケティングは、目的の言葉はそろっていても、成果の実感が持ちにくい分野です。パンフレットも動画もSNSも作ったのに、来訪者数も問い合わせも動かない。担当者が力を尽くしているほど、この手応えのなさはつらいものです。
この記事では、地方自治体の観光マーケティングを支援した経験と、100社以上を支援してきた立場から、成果につながりにくい構造と、ターゲットの再定義から始める施策設計の進め方を解説します。自治体の担当者だけでなく、地域の事業者や金融機関の方にも、地域の施策を見る視点として読んでいただけます。
この記事の要点
- 自治体のマーケティングが成果につながりにくいのは、担当者の力量ではなく「全員に届けようとする構造」に原因がある
- 最初にやるのは施策の追加ではなく、ターゲットの再定義。絞ることで媒体の役割と評価指標が自然に決まる
- 担当者の異動で振り出しに戻らないよう、方針書・指標・委託先との約束を「型」として残す
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自治体のマーケティングは、この5ステップで「成果が見える形」になる
1. 現状の棚卸し
観光統計・SNS・既存施策を並べ、誰に届いているかを可視化する
2. ターゲット再定義
「観光客」ではなく、来る動機で2〜3層に絞る
3. 施策と媒体の役割分担
ポータル・SNS・紙・イベントの役割を1枚に決める
4. 評価指標の設計
来訪者数の手前に、毎月追える数字を置く
5. 続く仕組みづくり
異動しても残る方針書と、委託先との約束事
自治体のマーケティングが「成果が出にくい」と言われる理由
自治体の担当者と話していて感じるのは、個々の施策の質は決して低くないということです。パンフレットは丁寧に作られ、動画も見栄えがする。それでも成果が見えにくいのは、施策の良し悪しではなく、施策を置いている構造に原因があります。まず、その構造を3つに分けて整理します。
「全員に届けよう」とする構造が、誰にも届かない発信を生む
自治体は、公平性を大切にする組織です。税金を使う以上、特定の層だけを優遇しているように見える施策は避けたい。この姿勢は行政として正しいのですが、マーケティングに持ち込むと「全員に向けた発信」になります。全員に向けた言葉は、誰の心にも引っかかりません。
観光パンフレットの表紙に「自然・歴史・グルメ・温泉」と4つ並ぶのは、この構造の典型です。どれも嘘ではないのですが、「私のための場所だ」と感じる人がいなくなります。民間企業なら「誰に売るか」を決めないと商品が作れませんが、自治体はそれを決めないまま発信を始められてしまうのです。
施策が先、目的が後になりやすい
二つ目は、予算の仕組みです。自治体の予算は単年度で組まれ、「イベント開催」「動画制作」「ポータルサイト改修」のように施策の単位で要求されます。すると、何のための施策かという目的より先に、施策そのものが決まってしまいます。
支援に入った自治体でも、既存の施策はイベント中心で、イベントごとにチラシとSNS投稿を作る流れが定着していました。一つひとつは盛況でも、来た人が次にどう動くのかは誰も追っていない。「イベントをやった」が成果になり、「誰が来て、その後どうなったか」が置き去りになります。
担当者が変わると、振り出しに戻る
三つ目は人事異動です。自治体の担当者は2〜3年で入れ替わります。前任者が積み上げた判断の根拠や、委託先とのやりとりの経緯が引き継がれず、新しい担当者はまた一からの関係づくりになります。委託先の側から見ると、同じ説明を3年ごとに繰り返すことになります。
マーケティングは、1年で結果が出て終わる仕事ではありません。試して、数字を見て、直すという繰り返しが2〜3年で途切れる構造では、民間でも成果は出ません。担当者個人の問題ではなく、知見を個人に乗せている組織の問題です。だからこそ、後述する「型」が必要になります。
最初にやるのは、施策の追加ではなく「ターゲットの再定義」
成果が出ないとき、現場で起きがちなのは「もっと発信を増やす」という判断です。動画を増やす、インフルエンサーを呼ぶ、新しいSNSを始める。しかし、届ける相手が決まっていない状態で発信を増やしても、ぼやけた発信が増えるだけです。最初に手を付けるのは、誰に届けるかの再定義です。
「観光客」「移住希望者」はターゲットではない
「観光客を増やす」と言うとき、観光客とは誰のことでしょうか。日帰りの近隣住民と、連泊する海外からの旅行者では、知りたいことも、見ている媒体も、動く理由もまったく違います。「観光客」「移住希望者」「子育て世帯」は分類であって、ターゲットではありません。
ターゲットは、来る動機で定義します。「週末に車で1時間圏内から、子どもに土いじりをさせたくて来る家族」のように、どこから、何を求めて、どんな状況で来るのかまで言葉にします。ここまで具体的になると、発信する場所も、載せる写真も、言葉のトーンも、担当者が迷わずに決められるようになります。
支援先の例:3つのターゲットに絞って、発信が変わった
観光振興に取り組む人口10万人に満たない地方自治体を支援したとき、最初にやったのはリサーチでした。観光統計とSNSのデータ、既存の資料を分析し、現地でのアンケートと街頭ヒアリングで、来ている人の属性と、地域がどう見られているかを確かめました。
その結果をもとに、訪問の目的と動機から「地元体験を求める近隣層」「写真映えを重視する若年層」「家族旅行志向のファミリー層」の3つにターゲットを絞りました。層ごとに価値観と行動の特徴を整理し、発信のトーンとメッセージを分けたのです。
変わったのは、発信の量ではなく中身です。同じ観光資源でも、近隣層には「今週末に行ける体験」、若年層には「撮りたくなる場所と時間帯」、ファミリー層には「子どもが飽きない動線」と切り口を変えました。
来訪者数は前年比で3割近く増え、SNS投稿のエンゲージメントは約2倍になりました。数字以上に大きかったのは、担当者が「この投稿は誰向けか」を迷わず言えるようになったことです。詳細は記事末の支援事例ページにまとめています。
「絞る」ことへの不安に、どう答えるか
ターゲットを絞る提案をすると、必ず「他の層を切り捨てることにならないか」という不安が出ます。議会や住民への説明を考えれば、当然の反応です。私がお伝えしているのは、絞るのは「発信の矢印」であって、「受け入れる相手」ではない、ということです。
誰が来ても歓迎する姿勢は変えません。変えるのは、限られた予算で最初に声をかける相手の順番です。矢印を絞った発信は、その層に深く届くだけでなく、「この地域は何のまちか」という輪郭を周囲にも伝えます。結果として、ターゲット外の層にも「らしさ」が届くようになります。
ターゲットが決まると、施策と媒体の役割が決まる
ターゲットが具体的になると、施策の選び方が変わります。「流行っているから」ではなく、「その人がどこで情報に触れ、どの順番で動くか」から逆算できるからです。ここでは、媒体・イベント・委託先の3つについて、役割をどう決めるかを説明します。
観光ポータル・SNS・紙媒体の役割分担
自治体の発信は、観光ポータルサイト、公式SNS、紙のパンフレット、観光案内所と、媒体がたくさんあります。問題は、どの媒体にも同じ情報が同じ順番で載っていることです。媒体ごとに「誰が、どの段階で見るか」を決めると、載せるべき内容は自然に変わります。
支援先では、SNSは「知ってもらう・行きたくなる」の入口、ポータルサイトは「計画を立てる」ための情報の置き場、紙媒体は「現地で迷わず回る」ための道具と役割を分け、それに合わせて予算の配分を見直しました。媒体の数を増やさなくても、役割を分けるだけで発信の効率は上がります。
イベントを「集客装置」から「接点」に変える
イベントは、自治体の施策で最も予算と労力がかかるものの一つです。来場者数が成果とされがちですが、ターゲットの視点で見ると、イベントは「初めて地域に触れる接点」です。接点である以上、大事なのは当日の人数より、来た人が次にどこへつながるかです。
具体的には、来場者にSNSをフォローしてもらう、次の季節の体験を案内する、宿泊や物産の購入につなげる導線を用意する。この「次の一歩」を設計してから当日を迎えると、イベントの予算は単発の支出ではなく、ターゲットとの関係づくりへの投資になります。
委託先が複数でもブレない「一枚の方針書」
自治体の発信は、動画はA社、サイトはB社、SNSはC社と、委託先が分かれていることがよくあります。それぞれが良い仕事をしても、方向性がバラバラだと、地域としての印象はまとまりません。支援先でも、委託先ごとに表現の方向が違い、ブランドとしての一貫性が弱いことが課題でした。
解決策は、ターゲット・伝えたい価値・言葉と写真のトーン・やらないことを1枚にまとめた方針書を作り、すべての委託先に同じものを渡すことです。仕様書とは別に、この1枚があるだけで、委託先の提案の質が変わります。担当者が替わっても、この紙が残っていれば方向はぶれません。
評価指標は「来訪者数」の手前に置く
自治体の施策の評価は、年間の観光入込客数や移住者数で語られることがほとんどです。しかし、これらは天候や景気、為替にも左右される結果の数字で、担当者が月ごとの判断に使うには遠すぎます。成果を出す自治体は、結果の手前に「自分たちの施策で動かせる数字」を置いています。
KGIとKPIを分ける:来訪者数の手前にある数字
来訪者数や移住者数は、最終的に達成したい目標、いわゆるKGIです。その手前に、ターゲットごとの中間指標、KPIを置きます。たとえば、ターゲット層からのSNSフォロワーの増加、ポータルサイトのモデルコースページの閲覧数、体験プログラムの予約数、移住相談の件数などです。
KPIの条件は、月に1回数えられて、施策を変えると動くことです。年に1回しか分からない数字では、改善のサイクルが回りません。支援先では、発信施策ごとに評価指標を整理し、効果検証の枠組みを先に決めてから施策を動かしました。順番を逆にしないことが大切です。
次年度予算の根拠になる数字のそろえ方
中間指標を毎月追っていると、副産物があります。次年度の予算要求のときに、「この施策でこの層のこの数字がこれだけ動いた」と説明できるようになることです。財政課や議会への説明は、「頑張りました」より「数字で語れる」方が通ります。
支援先でも、データで語れるようになったことで、次年度の予算策定に具体的な根拠を示せるようになり、部署内の意思決定が速くなりました。マーケティングの指標は、外に向けた成果の証明であると同時に、庁内で予算と理解を得るための道具でもあります。
調査は「報告書」ではなく「判断の共通言語」
自治体ではマーケティング調査を委託することがよくありますが、分厚い報告書が納品され、棚に入って終わる例を何度も見てきました。調査の価値は、報告書の厚さではなく、その後の判断にどれだけ使われたかで決まります。
私が調査を支援するときは、結果を「意思決定の基準」として使える形に整えることを重視しています。ターゲットの定義、媒体の役割、追う指標が調査結果から導かれ、部署をまたいで同じ言葉で話せる状態にする。調査は、戦略と現場をつなぐためのコミュニケーション設計だと考えています。
異動があっても続く仕組みにする
ここまでの設計ができても、担当者が替わった瞬間に消えてしまっては意味がありません。最後に、人が入れ替わる前提で、マーケティングを組織に残す方法を3つの観点から整理します。研修で人を育てることも大切ですが、それより先に「型」を残すことです。
属人化を防ぐのは「研修」より「型」
残すべき型は3つです。ターゲットと価値を書いた1枚の方針書、毎月見る指標の一覧と記録、そして企画から検証までの流れを書いた手順書。この3つがあれば、新しい担当者は着任初日に「この地域は誰に何を伝えているか」「先月までの数字はどうだったか」を知ることができます。
支援先では、企画から検証までの流れを標準化し、職員向けの研修でデータの見方と成果検証の方法を定着させました。研修が効いたのは、型があったからです。型がない状態で研修をしても、学んだことを置く場所がなく、異動と一緒に流れてしまいます。
外部委託との付き合い方:丸投げと内製の間
自治体のマーケティングは、すべてを職員でやる必要はありませんし、すべてを委託する必要もありません。判断は庁内に残し、手を動かす部分は外に出す。この線引きが、丸投げと内製の間にあるちょうどよい形です。
庁内に残すのは、ターゲットの定義、方針書の管理、指標の確認、委託先への評価です。外に出すのは、調査の設計と分析、制作、運用、そして数字の読み解きです。支援先では、委託業者との連携方針を明文化したことで、業者任せの状態から抜け出し、職員が検証と共有を主導する体制に変わりました。
外部の専門家をどう使うか
制作会社や広告代理店は、依頼された施策を形にする専門家です。一方で、「誰に・何を・どう届け、何で測るか」を決める設計の部分は、施策を売る側ではない立場の専門家が入ると進めやすくなります。設計を決めてから委託先に発注すると、提案の比較もしやすくなります。
Practical Marketingでは、自治体のご相談をプロポーザル・入札・随意契約のいずれの形でもお受けしています。マーケター歴27年の中で見てきたのは、地方には資源があるのに、届け方の設計だけが抜けている場面です。発信を増やす前に、誰に届けるかを決めるところから始めませんか。
よくある質問
シティプロモーションのターゲットを絞ると、他の層を切り捨てることになりませんか?
絞るのは「発信の矢印」であって、受け入れる相手ではありません。誰が来ても歓迎する姿勢は変えず、限られた予算で最初に声をかける相手の順番を決めるだけです。矢印を絞った発信は「この地域は何のまちか」という輪郭を周囲に伝えるので、結果としてターゲット外の層にも地域らしさが届きやすくなります。
予算が少ない自治体でも、マーケティングの外部支援は頼めますか?
頼めます。大規模な調査やキャンペーンではなく、既存の統計やSNSデータの分析、ターゲットの再定義、方針書づくりといった「設計」の部分だけを外部に頼む形なら、予算は抑えられます。設計が決まれば、既存の施策や委託先をそのまま活かして効率を上げられるので、新しい予算を大きく積まなくても成果の出方は変わります。
観光客数や移住者数は、どのくらいの期間で変化が出ますか?
来訪者数や移住者数のような結果の数字は、季節要因もあるため1年単位で見るのが現実的です。一方、ターゲット層のSNSフォロワーや特定ページの閲覧数、体験の予約数といった中間指標は、設計を変えてから2〜3か月で動きが見えます。この中間指標を毎月追い、結果の数字は年度で振り返るという二段構えをおすすめしています。
担当者が2〜3年で異動します。ノウハウを残すにはどうすればよいですか?
人に残すより先に、型を残してください。ターゲットと価値を書いた1枚の方針書、毎月見る指標の一覧と記録、企画から検証までの手順書の3点です。これがあれば後任は着任初日に方向と現状を把握できます。委託先との連携方針も文書にしておくと、担当者が替わっても同じ説明を繰り返さずに済みます。
自治体からの依頼は、プロポーザルや随意契約のどちらでも対応できますか?
プロポーザル・入札・随意契約のいずれの形でも対応しています。調査から戦略設計、委託先の選定支援、職員向け研修まで、必要な部分だけを切り出して依頼いただくことも可能です。まずは現状の課題整理からで構いませんので、お問い合わせフォームからご相談ください。
発信を増やす前に、誰に届けるかを一緒に決めませんか。
現状の棚卸しとターゲットの再定義から、媒体の役割分担・評価指標・委託先との連携方針まで、Practical Marketingが調べて、考えて、提案します。
プロポーザル・入札・随意契約のいずれにも対応。初回相談は無料です。




